『無題』 昨日夢を見た。 僕がそれを見ることなんてないと思っていたのに。 僕はそれを見たことがなかった。 そんな自分が当然だと思っていた。 夢を見なかった僕は1992年の9月23日までの記憶が無い。 無いというよりも捨てられたという方が正確なのかもしれない。 けれどそれを見なかった僕はそのことに気づいてはいなかった。 でもあの夢が全てを思い出させてくれた。 僕は1992年の9月23日まで 毎日同じ夢の中で、毎日夢を見ていた君と会っていたことを。 僕は1992年の9月24日の朝をよく覚えている。 朝起きると、ママが自分の顔をみつめていた。 ママは僕にあなたは…と僕の名前を囁いてくれた。 僕にはそれが自分の名前とはすぐには理解できなかった。 理解できたことは目の前にいるママが初めて見ているはずなのに 見慣れた人であるということと その瞬間に僕という記号がインプリンティングされたということだけだ。 そして夢を見なかったということだ。 それからの毎日はなんの変哲もないものだった。 僕は小学校を卒業し、中学、高校となんの変哲もない生活を送ってきた。 友達もいる、彼女もいる、趣味もある、特技といわれれば少し困るけれど。 ただずっと自分が何であるかということだけはわかっていない。 …という記号が自分を支配していることだけで他は何もわからない。 でもそれに気づくことは日がたつにつれ少なくなっていた。 最近では…という記号が自分であることにも慣れきっていた。 正直に言うと自分が…以外の何かであることは忘れていた。 慣れるにつれ、鬱屈とした世界も消えていき自分が解放されているような気もした。 そんな…を認めつつあった。 けれど、昨日夢を見た。 そして…が崩れはじめた。 …以外の僕を君は思い出したんだ。 僕は君を生かすためにこのデジタルの世界に君を生かしている。 このテクストを見たときに君は僕という存在にあらためて気づくだろう。 1993年9月23日まで君は僕の夢の中での住人であったことに気づくだろう。 1993年9月24日に君のママが悪い医者と僕を消し去ったということに気づくだろう。 2005年1月17日に君が僕と交わったということに気づくだろう。 これからは君が僕なのかもしれない、僕が君のなのかもしれない。 この器が僕なのか、君なのかはまだわからない。 これからまた僕達は流されていくのだから。 これからは二人で。